眉山
眉山とは 写真

眉山とは?


徳島県の県庁所在地、徳島市の川といえば、もちろん大河「吉野川」。そして、山といえば「眉山」。
名前の由来は万葉集といわれ、古くから人々の心に優しいシルエットを映し続けてきた眉のようになだらかな山。市街地に寝そべるように横たわり、徳島の町に豊かな自然の風景を与え続けています。
春は桜※1にかすみ、夏は入道雲の下に緑濃く、秋は青空の下に燃える広葉樹、冬の光りに時には雪の頂を見せることもあり、四季それぞれの風景が徳島の町をいっそう魅力的なものにしています。

眉山の標高は290m。晴れ渡った日には、阿讃山脈、瀬戸内海、紀州の山々を望むことができ、また、四国一ともいわれる夜景のスポットとしても知られています。山頂は眉山公園※2として整備され、 モラエス館※3などのさまざまな山頂施設もあります。
昼も夜もパノラマビューを誇る山頂へは、幾つかの登山道がありハイキングを楽しむ市民の姿も見られます。眉山パークウェイと呼ばれるドライブウェイは国道192号からと438号からの2つのルートがあり、山頂駐車場まで車で上がれます。一番のおすすめは眉山ロープウェイ※4。ふもとの阿波おどり会館※5から約6分。快適な空中散歩で、山頂へと到着します。
市街地から手軽にアクセスできる自然のオアシス「眉山」。四季折々、夜明けから夕景、夜景と移り変わり、徳島の魅力が手に取るように眺められる「眉山」にぜひお越しください。

※1 眉山の桜の詳細ページへ

※2 眉山公園の詳細ページへ

※3 モラエス館の詳細ページへ

※4 眉山ロープウェイの詳細ページへ

※5 阿波おどり会館の詳細ページへ

名前の由来

名前の由来 写真
「眉山」と書いて「びざん」と読みます。文字の見た目も言葉の響きも美しい「眉山」という名前は、どういう意味がこめられているのでしょうか?はるか天平時代、淳仁(じゅんにん)天皇の兄にあたる船王(ふねのおおきみ)が、「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山 かけて漕ぐ舟とまり知らずも」という歌を万葉集に残しています。天平6年(734年)春三月に、聖武天皇の難波行幸にお供したときに詠んだものといわれ、眉のように雲のあるところに見える阿波の山とは、眉山を指していると言われています。古く万葉の時代から、美しい稜線が女性の眉の形のようだといわれ、多くの人々の心にそのシルエットを印象づけてきました。
しかし、この山が「眉山」と呼ばれるようになったのは江戸末期からのようで、「佐古(さこ)山」、「富田(とみだ)山」、「八万(はちまん)山」、「大滝(おおたき)山」など、さまざまな名前で呼ばれてきたと伝えられています。
徳島出身の作家瀬戸内寂聴さんは、私小説「場所」のなかで、『眉山は徳島の町のほとんどの場所から望めた。眉のようななだらかでやさしい稜線は、遠くから見ても近くで眺めても人の心を和ませた。』と書かれています。万葉の昔から現在に至るまで、人々の心を癒し続けた徳島のランドマーク「眉山」は、美山(びざん)として人々の心にその姿をとどめ続けます。

山頂へ行こう

山頂へ行こう 写真1
山頂駅は最高の展望台

ロープウェイの眉山山頂駅には無料展望休憩所や展望レストランがあります。 展望台からの眺めは素晴らしく、ひととき下界を忘れて、海に流れ込む吉野川や徳島の町並み、大鳴門橋やはるかな淡路島、和歌山までの眺望を楽しみましょう。すぐ下には、緑の中に遊具広場があり、間近にロープウェイのゴンドラが行き交うのも見ることができます。
山頂へ行こう 写真2
平和を願うパゴダ

眉山の山頂駅のすぐ上の広場には、1958年(昭和333年)に県ビルマ会が第2次世界大戦で戦没した多くの戦友たちの霊を慰めるために建てたという平和を願うパゴダがあり、すぐ近くには、万葉集で眉山を歌った歌碑もあります。花のカスケードと呼ばれる一画の階段を下りれば、林間駐車場へと 至ります。

山頂へ行こう 写真3
お花見広場のあずまや

林間駐車場から簡保保養センターの方向に遊歩道をたどれば、お花見広場があります。春は桜の花々に囲まれる広場には、ガゼボというかわいいあずまやがあります。これは、徳島市の姉妹都市、アメリカミシガン州のサギノー市から徳島市制100周年を記念して贈られた洋風あずまやです。
小鳥の歌声を近くに聞く

自然豊かな眉山には、野鳥も多く住んでいます。お花見広場から遊歩道をたどれば、野鳥観察道路があり、野鳥観察広場もあります。小鳥の声を身近に感じる広場、かわいい姿も近くの梢に見ることができます。あずまや風の展望小屋からは、徳島市の南西部の風景を楽しめます。
山頂へ行こう 写真4
モラエス館

もう一度、眉山の頂上駅に帰り、のぞいてみたいのがモラエス館。モラエスとは、1854年にポルトガルのリスボンで生まれ、日本に来て副領事、総領事を歴任した人物です。モラエスは、1913年(大正2年)、亡妻福本ヨネの郷里・徳島にやって来ました。ヨネの姉ユキの娘・斎藤小春を妻とし、文筆生活に入り、終生母国のポルトガルには帰らず、徳島市伊賀町の長屋に住み、「おヨネと小春」「日本精神」「徳島の盆踊り」など多数の著書を残しました。館内には、モラエスゆかりの品々や資料、書斎を再現した一間などがあります。


眉山山頂へのアクセス

眉山山頂へのアクセス 写真
眉山山頂への登頂は、眉山ロープウェイと車の2つのルートがあります。 眉山ロープウェイは、阿波おどり会館の5階にある山麓駅と、眉山山頂の山頂駅を約6分で結びます。 車で登頂する場合は、眉山山頂に普通車約100台駐車可能(大型観光バス可)な無料林間駐車場があります。 ロープウェイで阿波おどり会館の駅へ下り、そこから徳島市内を散策するというのもおすすめです。