

藍は阿波より出でて・・・阿波藍の魅力
「青は藍より出でて藍より青し」ということわざがありますが、藍染めの青い色は、「JAPAN BLUE」として世界に知られるほど深く鮮やかな日本の色です。阿波の風土を映すように深い魅力があります。
この藍の色は、タデ科に属する1年生草本の葉に含まれる青藍を染料として生まれてくるもので、この染料をとるために阿波では古くから藍が栽培されてきました。阿波藍の歴史は平安時代にさかのぼるといわれ、やがて、吉野川流域は日本最大の藍作地帯として知られるようになります。阿波藍は、流域の人々に大いなる繁栄をもたらし、さまざまな文化を育ててきたのです。その歴史の足跡、文化の香りを訪ねるのも興味深い旅となることでしょう。
徳島には、藍染め体験ができる施設がいろいろとあります。阿波で藍にふれ、藍染めの作品を残すことで徳島の旅は、いっそう心に染みるものになります。また、藍で染め上げた“阿波しじら”の心地よい肌触りも確かめてみてください。
藍の効用一口メモ
藍は、肌荒れ、冷え性を防ぎ、防虫効果があり、殺菌効果があるので包帯にしても良く、 水虫を予防し、まむしをよせつけず、その上鎮静剤としての効果もあると昔からいわれ ているのです。使えば使うほど年月とともに輝く藍の色。あなただけの藍製品を手に入れてみませんか。
阿波藍のはじまり
阿波藍の起源は平安時代、徳島の山岳地帯で阿波忌部(いんべ)氏が織った荒妙(あらたえ)という布を染めるために、栽培が始まったと伝えられています。最古の資料は『見性寺記録』というもので、その中には宝治元年(1247年)に藍住町の見性寺という寺を開基した翠桂(すいけい)和尚が、そのころ寺のあった美馬郡岩倉(現在の美馬市脇町)で藍を栽培して衣を染めたと記されています。その後、藍づくりは吉野川の下流域に広がっていきました。『兵庫北関入船納帳』には、文安2年(1445年)に大量の葉藍が阿波から兵庫の港に荷揚げされたと記録が残っています。

戦国時代の藍づくり
戦国時代には、武士のよろい下を藍で染めるようになり、藍の需要が高まり生産が本格的に行われるようになりました。それまでは、葉藍を水につけて染め液をつくる沈殿藍で藍染めを行っていましたが、天文18年(1549年)に三好義賢(よしたか)が上方から青屋(あおや)四郎兵衛を呼び寄せ、すくも(藍の葉を発酵させて染料にしたもの)を使った染めの技術とすくもの製法が伝わり、三好氏の城下勝瑞では、すくもづくりが本格的に行われるようになりました。

江戸時代に隆盛を極める
天正13年(1585年)、蜂須賀家政公が藩主となってからは、徳島藩では藍の生産を保護、奨励しましたので、いよいよ藍づくりは 隆盛を極めたのでした。藍づくりを全面的にバックアップした蜂須賀家の力は大きく、一説には蜂須賀公が播州から入国した際に藍を持ってきたと伝えられるほどでした。そして、徳島藩は、藍師や藍商から取り立てる租税で、藩の財政を確立していったのです。元禄時代には、全国的に綿づくりが行われ、木綿が多く生産されるようになり、それにともなって阿波藍も大量に生産されるようになりました。その作付け面積は、寛政2年(1790年)に6,500町歩(ちょうぶ)もあったという記録が残っています。
※ 1町歩=約3,000坪

そして今も愛される藍
明治以降も藍作は盛んに行われ、北海道から九州まで栽培されるようになり、全国的には明治36年に最高の生産規模になりました。特に徳島県は作付面積、生産量とも全国の過半数を占めていました。
しかし、その後、インドから良質で安価なインド藍が輸入され始め、明治後期からは化学合成された人造藍の輸入が急速に増大し、日本の藍づくりは衰退の一途をたどりました。
徳島県でも昭和41年には4ヘクタールにまで栽培が減少してしまいましたが、阿波藍の魅力は人々を引きつけて止むことはありませんでした。そして、天然藍の持つ美しさや風合いが見直され、藍は全国的にも静かなブームとなっています。

吉野川のおくりもの
徳島の歴史を語るとき、藍を除いては語れないと言われています。阿波が藍を育て、藍が阿波を育ててきたとも言えるでしょう。 徳島県の吉野川流域に藍づくりが広まったのには理由があります。徳島県の川沿いには広い平野が少なく、ちょうど稲の花から収穫の時期に洪水をくり返し、土砂の入れ替わりが激しく、稲作をするには条件が悪い土地柄でした。ところが、藍作にとっては、洪水で入れ替わる砂質の土が良く、藍の刈り取りは成長に合わせて7月から9月にかけて年に2・3回刈り取ることができるので、一回の洪水で収量が全滅することはなく、洪水地帯に藍はうってつけの作物でした。

藍のふるさと
洪水地帯で育った藍は粉にし、乾燥させ発酵させた後で、自然に固まった“すくも”という藍染めの染料となります。この“すくも”は、吉野川の水運によって、江戸や大阪、名古屋などへ出荷されました。うだつで有名な脇町※などは、藍問屋の蔵が建ち並び、阿波藍の集散地として繁栄したのです。そして現在、全国で使われる“すくも”のほとんどは徳島で作られており、まさに徳島は「藍のふるさと」と言えます。
※ うだつの特集ページへ
水の恵み
この“すくも”を染料として、さまざまな藍製品が染め上げられていきますが、そのひとつが“阿波和紙※”。水の豊かな徳島で藩主の保護奨励により、上質の和紙が作られてきました。昭和45年に徳島県無形文化財に、昭和51年には伝統的工芸品に指定されているこの“阿波和紙”を、藍で染めた製品も多くの人に愛されています。
※ 阿波和紙の詳細ページへ

光の恵み
そして、徳島において藍染めの代表的製品とも言えるのが“阿波しじら”と呼ばれる織物です。明治維新当時に、徳島安宅(あたけ)村に住む海部ハナによって考案されたといわれています。古くから伝えられていたタタエ縞というものを参考に改良を加え藍染料を使って、縞織物を織り、乾燥をさせようと戸外に干していたところ突然の雨に濡らしてしまい、再び日光に干すと布の表面に凹凸ができました。これをヒントにして苦心研究の結果、肌ざわりが良く、軽く着心地の良い織物が完成し、明治2年に“しじら”と命名したと伝えられています。そして昭和53年、阿波藍(天然藍染料)を使った「阿波正藍しじら織※」が国の伝統工芸品に指定されました。藍染めのブルー、しじらの心地よい風合いは、さわやかな阿波の風を暮らしに運んでくれる逸品です。
※ 阿波正藍しじら織の詳細ページへ

徳島県内には、藍染め体験のできる施設があります。専門の方の指導のもと、気軽にハンカチなどの藍染め体験をすることができます。所要時間は20分から1時間以上と内容や人によって変わりますが、40分くらいが一番多いようです。当日でも体験できるところもありますが、前もって電話で予約をすることをおすすめします。詳しくは各施設に直接お問い合せください。
古庄染工場
阿波藍が出来上がる様子を見学できます。労働省卓越技能章表彰者の古庄紀治さんから指導を受けたい場合は、ご予約を入れてください。
藍染工芸館
阿波藍型染伝統技術保持者・香川卓美氏の工場を公開しています。
岡本織布工場
要予約でストール、スカーフ、テーブルクロス、Tシャツも染めることができます。
国府工業合資会社
要予約で、駐車場は非常に広いです。
長尾織布合名会社
無料で、藍染めしじら織の工場見学ができます。藍染め体験の所要時間は約40分で、団体受け入れは約100人まで可能です。ご来館の際は、事前にご予約を入れてください。
藍住町歴史館 藍の館
平成15年4月1日より染め物持ち込み(1g15円)による藍染め体験も始めました。お持ち込みは木綿・麻・シルクに限り、必ずご予約が必要です。初心者の方は施設で用意するハンカチ等をおすすめします。
有限会社 本藍染矢野工場
江戸時代から伝わる「天然灰汁発酵建てによる本藍染」を伝承し、平成の時代となった今も日本古来の「本藍染」の色を守り続けています。藍染め体験(※要予約)や販売も行なっています。
吉田藍商店
要予約で、すくもの染料を製造しています。
松茂町歴史民俗資料館・人形浄瑠璃芝居資料館
要予約で、人形浄瑠璃芝居に関する資料なども見学できます。

