第1話「さあ行かん、発心の道場へ」

トラベルライター 歩き遍路紀行

トラベルライター 朝比奈千鶴さんによる、歩き遍路体験紀行を全5話に渡ってご紹介します。

「歩いて何か見つかりましたか?」

 四国八十八ヶ所霊場徳島一国参り、約160kmを歩き終えてしばらくした頃、歩き遍路を始めたことを何人かに言ってみたのだが、そのうちのひとり、初めてお会いした方は私にこう聞いてきた。
 ふだんの私を知っている人ならば、ありあまる好奇心と探究心、そして多少のダイエット効果や楽しいネタを各地で拾うことを期待して歩いているのが想像できるだろう。けれども、職業のことを知らない人から見れば、働きどき、もしくは子育てどきの年代の女性がひとりで10日近く寺を巡りながら歩いている、と聞くと、「どんな思いを抱えているのだろう」と気の毒そうに思うらしい。ところが、四国八十八ヶ所霊場のスタート地点、1番札所霊山寺のある徳島県に入ってしまうと、歩いているからといって何を詮索されるということはない。ふうん、大変ね、よく歩くわね、くらいの反応だ。あるいは、道端で休んでいるお年寄りにいきなり100円玉を渡され拝まれてしまうこともある。開創1200年という遍路道の歴史は、歩き遍路の風景は日常、といったところなのだろうか。

 一番札所、霊山寺では白衣や納経帳、輪袈裟、菅笠、金剛杖、ろうそく、線香などお遍路セットが一式揃うので、朝一番に赴き、購入した白衣を着て参拝する。この時点でどのような思いを持った人も同じ、歩き遍路として弘法大師とともに歩くことになる。ある遍路宿で、食事の際に一緒になった人たちと、なぜ遍路を始めたか、という話になった。定年を機に山歩きの延長で、以前歩いてよかったから、家族を亡くしたため弔いの意味をこめて、ガンのリハビリに治癒祈願も兼ねて……などなど、それぞれに理由があった。私はといえば、ここ数年、何度も徳島県に来ており、等高線がひしめく複雑な地形を「遍路道」という1300年も続いている道を歩き、それを体感したいと以前から思っていたから、というのが素直な理由だった。各所で同宿になったみなさんは、自分と他人の歩く意味あいが違うとか、そういったことは気にならないようで、同じ道を歩くけど、それぞれに理由はあるよね、といった具合で互いの話を聞き合った。また、定年退職して時間ができたから……という人にも多く出会った。彼らはとても勉強熱心で、インターネットを駆使してさまざまな情報を仕入れているから頼りになる。でも、ごくたまに「何もわかりません」という困った人もいたが、みんなで彼の遍路を支えているといったムードがあった。

 11番札所藤井寺までは、札所の間隔も短く、納経時間の17時ぎりぎりまでいくつかの寺をまるでスタンプラリーのようにめぐることになる。歩く、参拝する、納経するの一連の動作に慣れるのに精一杯だ。
 四国を4つの道場に分け、阿波(徳島県)は発心、土佐(高知県)は修行、伊予(愛媛県)は菩提、讃岐(香川県)は涅槃の道場という。阿波は、悶々とわき上がる煩悩と向き合い、それに打ち克つことを経験し、これから長く歩くための足固めをする地として位置づけられている。 実は、歩き遍路を決めて歩いてみたものの、好奇心いっぱいでわくわくしながら白衣を着て歩いていいのかな、バチがあたらないだろうか、と少し後ろめたい気持ちがあった。そんな煩悩を忘れ、遍路を通して阿波を歩く旅をしてみよう、と発心できたのは、11番札所藤井寺と12番札所焼山寺の間にある遍路道最大の難所のひとつといわれる「遍路ころがし」を歩いたあたりから。無心になって歩くことで、余計なことが気にならなくなってきたのだ。

一番札所 霊山寺からスタート!

発心の道場

1番札所霊山寺で揃えた、真新しい装束一式で「いってきます!」。厳かな遍路道を歩くことに敬意を示し、遍路にあわせて服装、リュックはモノトーンを基調にしたものに。

納め札

……とその前に、「納め札」に名前や住所、願意を書いておかなければ。納め札は遍路中、名刺代わりとなり、各札所で参拝する際に納めるほか、お接待を受けたときなどに渡す。

参拝

参拝のやり方がおぼつかないのは2日目くらいまで。それからはスムーズにできるようになる。早く次へ向かいたいからと急いで読経するのはNG。

納経帳

納経時間は7時から17時まで。オフシーズンだと並ばずに納経してもらえるが、オンシーズンの春と秋は多少は待つ可能性あり。何巡もしている人の納経帳は、ご朱印で真っ赤っ赤!

立て看板

遍路道を歩くには地図は必要。でも、こんなわかりやすい立て看板も随所にあるので道に迷う心配はあまりない。この立て看板は「へんろみち保存協力会」の人たちの好意で立てられている。

トラベルライター 朝比奈 千鶴

トラベルライター 朝比奈 千鶴ディスティネーション(訪問先)の自然や文化を体感することで、旅人が身近なものへのつながりを実感する旅を「ホリスティックトラベル」として提案している。
これまで、国内外の「人びとの暮らし」を取材し、文章や言葉を通して“暮らしの延長線にある旅”を、Webや新聞、雑誌などに綴っており、CS旅チャンネル「ホリスティックな週末」でのナビゲーター役もつとめた。